恐ろしく「若い」パリの高齢者

私は街でおじいさんやおばあさんと話をするのが好きです。
日本では気軽に言葉を交わして、あたたかい気分にさせてもらうことがよくあったからです。
そんなわけで、パリのカフェで話しかけてきた60代の紳士風の老人と世間話をしていると、
そのうち彼は本題に入るとでもいうように、妙な目つきで話し始めました。

かつて子持ちの独身アメリカ人女性を金で囲っていた頃いかに幸せだったか、
彼女が去ってからどれほど寂しいかを語り、
「次の愛人を探しているんだ、金には不自由させないよ」と持ちかけてきたんです。

ちょっと昔のフランス小説みたい…。
マノン・レスコーほど忍耐強くない私は背中がぞくっとしました。
「愛情がないのに金払って一緒に過ごして、空しくならないんですか」と聞くと、
老人は「優しく見詰め合って触れ合うだけで幸せなんだ」と鼻息を荒げました。
しまいには、シャンゼリゼ付近の華やかな大通りで、
「ワシはいざという時に備えて、いつもこれを持ち歩いてるんだぞ!」と
ポケットに長期温存されていたとおぼしきボロボロのコンドーム箱を見せつけられ、
おかしいやら呆れるやら、切ないやら 。

さらに強烈だったのは、「おしゃれなフランスのおじいちゃん」として
幻の雑誌”OLIVE”に出てきてもおかしくなさそうな76歳のおじいさん。

戦争体験、妻との劇的な出会いから、谷崎潤一郎の小説ばりの孫娘への狂気じみた愛、
アジア人への幻想などを語った後、
彼は震える手で、ぼろぼろになったセピア色の写真を財布からひっぱり出し、
「20代の私だ、かっこいいだろ、モテたんだよ」と微笑みました。
それからバッグの中を引っ掻き回し、小さくなった鉛筆と、年季の入ったレストランのカード
(よくレジに置いてある名刺サイズの店の宣伝カード)を探し出し、
「手が震えてるのは年のせいじゃないよ、君に出会えた嬉しさのせいだ」
なんて白黒映画を思わせる口説き文句を連発しながら、
カードの裏に名前と連絡先を書き、「絶対連絡してね」と何度か繰り返しました。
(連絡しませんでしたが…)

そして古びた自転車をヨイショと漕ぎ出し、よろめきつつ振り返り、
ウインクしながら片手を挙げると、キイキイいう自転車をヨロヨロ漕ぎながら去っていきました。
心は写真の頃のままなのに容赦なく時だけが経過した感じがして、切ない気分になりました。

縁側でみかんを食べながらエロスと無縁にのんびり暮らすのと、愛探しを続けるのと、
どちらが幸せな老後なんでしょう。私には分かりません。

高齢になれば本能に支配されなくなるんだと思っていたんですが、
フランスで、私は勘違していたんだと思い知りました。
定年の年になっても相変わらずTVで女性の入浴シーンや水着姿を見てウホウホ喜んでいる私の父が
特別「若い」わけじゃなかったんだなぁxD
日本でのような世間話でほっこりしたいと思っても、フランスでは難しいようです。

フランスは愛の国?に続きます。

05/11/2006

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